高市早苗政権が発足して間もないが、その外交路線は既に国内外で強い注目を集めている。
理由は明快だ。日本の安全保障環境がここ数年で激変し、米中対立・台湾有事・ウクライナ戦争・北朝鮮のミサイル実験など、「世界の緊張が東アジアに集中」しつつあるからだ。
この中で日本は、もはや“静かな経済大国”ではいられない。戦略国家としての立ち位置を再定義する段階に入っている。
そして、その舵を取るのが高市早苗という政治家だ。
長らく「保守の論客」「技術・経済安全保障の専門家」として知られてきた彼女が、いまや国家のトップとして、米国・中国・韓国・台湾という四つの大国・地域とどう向き合うかが問われている。
特に焦点となっているのは、「中国をどう扱うか」という一点だ。
中国は日本にとって、最大の貿易相手でありながら、最も警戒すべき潜在的脅威でもある。
つまり、「距離を置きすぎても危険、近づきすぎても危険」――この絶妙なバランスこそが、高市外交の試金石になっている。
今回は、その外交の全貌を、米国・韓国・中国・台湾それぞれへの対応から整理してみたい。
アメリカ ―― 同盟深化と「選択的な距離感」
高市外交の中核は、やはり日米同盟だ。
政権発足直後からホワイトハウスとの信頼構築を最優先課題に据え、トランプ大統領との間で「自由で開かれたインド太平洋」構想の再強化に動いている。
防衛、経済安全保障、AI、量子技術――あらゆる分野で連携を加速させる姿勢を明確にした。
10月28日には、トランプと高市の首脳会談が行われ、レアアース供給や次世代原子力分野での協力枠組みに合意している。
(出典:Reuters, 2025年10月28日)
しかし、高市首相は従来の“従属型外交”とは一線を画す。
トランプ政権の圧力に屈することなく、「日本の主権と利益を守る」という立場を一貫して強調。
たとえば、米国からのロシア産エネルギー輸入禁止の要請を拒み、「国内エネルギーの安定供給を優先する」と主張した。
これは、小さな一歩に見えて、「同盟国であっても、言うべきことは言う」という高市外交の象徴的な一幕だ。
つまり、彼女の外交は――
「日米協調」と「自立的判断」の両立。
同盟の中で、自らの発言力と裁量を確保することを狙っている。
韓国 ―― 「歴史の管理」と「安全保障の連携」
韓国との関係も高市外交の重要なピースだ。
日韓は歴史的に摩擦を抱えてきたが、北朝鮮や中国をめぐる安全保障上の課題では利害を共有している。
高市政権はこの現実を踏まえ、「感情よりも実務」を優先する路線を明確にしている。
李在明政権との関係では、徴用工・慰安婦問題を政治的に煽らず、静かに管理する姿勢が際立つ。
その一方で、防衛協力・サプライチェーン連携・防衛情報共有(GSOMIA)の安定運用を通じて、
「冷たい友好」=摩擦を抑えつつ利益を積み重ねる関係を築いている。
日韓関係の基調は、派手な“雪解け”ではなく、“実務的共存”。
過去に縛られず、地域安定という共通利益で繋がる関係だ。
高市外交の韓国対応には、イデオロギーより地政学を優先する冷静さがある。
台湾 ―― 「価値・技術・信頼」で築く静かな連携
台湾との関係は、高市外交の中で最も明確な理念が反映された領域だ。
高市首相は「台湾は自由・民主・人権を共有する重要なパートナー」との立場を繰り返し表明。
頼清徳総統との会談では、経済安全保障・半導体・サイバー防衛・防災など、幅広い分野での実務協力を確認した。
頼政権は「台湾有事は民主主義全体の危機」との立場を取っており、
日本の協力を戦略的に重視している。
一方で、高市首相は軍事的関与は避け、経済・技術・人道分野での支援に重点を置く。
それは、北京を過度に刺激せず、かつ台湾の防衛力を下支えするための“静かな支援外交”である。
台湾側もこれを高く評価しており、「日本は最も信頼できる民主主義の隣人」と表現している。この信頼の積み重ねが、日台関係を着実に深化させている。
中国 ―― 「重要な隣国」と「抑止対象」をどう両立させるか
高市政権が直面する最大の難題は、やはり中国だ。
就任後初のAPEC会議で習近平国家主席と会談し、「戦略的互恵関係の再構築」を確認した。
高市首相は会見で、「中国は日本にとって極めて重要な隣国」と述べ、経済・環境・人的交流の再開に前向きな姿勢を示した。
しかしその裏で、台湾海峡の安定、尖閣諸島の領海侵犯、経済的威圧、サイバー攻撃など、
複数の懸案に強い懸念を表明している。
つまり、高市外交は「対話と抑止の二重構造」を明確にしている。
ここで注目すべきは、中国側の“静観”だ。
日本では「強硬姿勢をとれば中国が焦っている」と見られがちだが、実際の北京は冷静だ。
中国政府関係者の多くは、
「日本は民主主義国家であり、どんな首相も長期政権にはならない」
という前提で動いている。
つまり、“嵐が過ぎるのを待つ”ような長期的視野を持っている。
高市政権が台湾や米国寄りの姿勢を示しても、
北京は短期的な報復よりも、政権交代後の再接近を見据えている。
この冷ややかな“時間の使い方”は、中国外交のしたたかさでもある。
日本側が短期的に強硬な姿勢を見せても、中国は「どうせ代わる」と計算している。
そのため、高市政権が本気で影響力を残すには、“継続性のある外交成果”を残す必要がある。
中国の「長期戦略」と日本の「短期政局」
中国が焦っていない理由は明白だ。
北京の政治は五年・十年単位、日本は一年単位。
中国はこの“時間の非対称”を熟知しており、高市政権がどんな発言をしても、
「数年後には別の首相になる」と冷静に計算している。
これは軽視ではない。むしろ、中国の外交官たちは日本政治の変動リズムを制度として理解している。
したがって、彼らは短期的な摩擦を恐れず、次の政権で再び関係修復を図る。
これが、中国が「長期で勝つ」と信じる根拠だ。
つまり、高市政権にとって本当の課題は、外交方針そのものよりも――
「持続性をどう作るか」。
発言や政策を超えて、信頼・制度・人脈といった“外交の資産”を残すことが求められる。
それこそが、北京が最も計算できない日本の力になる。
SNS発信という“外交の第三層”
高市外交を語るうえで無視できないのが、SNSによる直接発信である。
首脳会談や多国間会議の後に、数枚の写真と短いコメントを投稿。
そこには「情報公開」というよりも、「戦略的発信」の意図がある。
たとえば、トランプ大統領との笑顔を見せた後に、中国の習近平に対しては冷静な表情で会談をアップする。
その“順番とトーンの違い”が、外交メッセージの一部として機能しているのだ。
つまり、SNSは単なる広報ではなく、外交戦の舞台の一部になっている。
外交官やメディアではなく、首相自身が情報の発信者であり、
そこに「日本の立場」を直接埋め込む。
このスタイルは、従来の日本外交にはなかったものだ。
強い発信、静かな対話、そして持続する軸を
高市外交は、強い発信力と冷静な現実主義を両立させた新しいタイプの日本外交だ。
米国には自立的な同盟国として臨み、韓国とは実務で繋がり、中国とは対話と抑止を並走させ、台湾とは価値を共有する。
それぞれの国に対し、違うアプローチを取りながらも、軸は一つ――
「日本の国益と民主主義を守る外交」である。
ただし、それを真に成果として残すには、短期政権のリズムを超えた連続性が必要だ。
中国は焦らない。だからこそ日本が焦ってはいけない。
声を上げ、耳を傾け、言葉を残す。
高市外交の本当の勝負は、まだ始まったばかりだ。